建設アスベスト給付金制度
令和3年5月17日、最高裁判所は、屋内で建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者等について、当時の労働大臣が労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるとして、国家賠償請求を認容しました1。これを受けて、令和3年6月9日、建設アスベスト給付金の根拠法である特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律が成立しました2。同法律の目的は、損害の迅速な賠償を図ることです。衆議院における同法律の趣旨説明は、次のとおりです3。
特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律案について、提案の趣旨及び内容を御説明申し上げます。
本案は、建設アスベスト訴訟の最高裁判決において、国の責任が認められたことに鑑み、未提訴の方々について、その損害の迅速な賠償を図るため、訴訟によらずに給付金の支給を行うための措置を講じようとするもので、その主な内容は、
第一に、最高裁判決等で認められた石綿にさらされる建設業務に国の責任期間に従事したことにより石綿関連疾病にかかった労働者や一人親方等であって、厚生労働大臣の認定を受けた者に対し、病態等による区分に応じて、五百五十万円から千三百万円の給付金を支給すること、
第二に、独立行政法人労働者健康安全機構に基金を設け、政府は、機構に対し、給付金の支払いに充てるための資金を交付すること
等であります。
内縁関係にある者の受給権
建設アスベスト給付金に関しては、特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律3条3項が、特定石綿被害建設業務労働者等が死亡した場合に、内縁の配偶者に対して受給権を認めています。
給付金の支給を受けることができる遺族は、特定石綿被害建設業務労働者等の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。)、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹とする。
社会保障法分野では、「配偶者」または「夫」あるいは「妻」について、「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある(あった)者を含む」とする規定が多くみられます。例えば、国民年金法5条7項、厚生年金保険法3条2項、労働者災害補償保険法16条の2第1項などです。これらの規定は、遺族に対する給付が社会保障給付であることにかんがみ、法的な身分ではなく社会生活上の関係に着目して、内縁の配偶者に遺族給付の受給権を認めるものです。
これに対して、民法では、配偶者たる身分は婚姻による法的効果です。そして、婚姻の効力は届出により発生するとされています(民法739条1項)。そのため、婚姻の届出をしていない内縁の配偶者は、民法上の「配偶者」や「夫」または「妻」に当たりません。したがって、内縁の配偶者には、相続人としての地位は認められていません。これを前提として、判例は、内縁の配偶者が死亡した場合に、財産分与を求めることも否定しています4。
なお、社会保障法分野のように「配偶者」に届出をしていない者を含む場合、「配偶者」に当たる者が同時に複数人いるということがありえます。戸籍上の配偶者と別居したが離婚が成立していない間に、内縁の配偶者と同居している場合や、複数の事実上の配偶者と同居している場合(複婚、多夫多妻)などです。判例は、いわゆる「重婚的内縁関係」について、内縁の配偶者との婚姻関係が形骸化している場合には、戸籍上の配偶者は遺族給付の受給権者でなく5、内縁の配偶者が遺族給付の受給権者であるとしています6。判例が配偶者が二人ともに受給権を認めることを想定していないようであることからすると、判例は、重婚的内縁関係として戸籍上の配偶者との関係が形骸化している場合を想定しており、複婚の場合は想定していないようです。
複婚の場合の遺族給付の受給の当否はともかくとして、重婚的内縁関係の場合には、戸籍上の配偶者が国家賠償請求権を相続しているにもかかわらず、内縁の配偶者が建設アスベスト給付金を受給するという場合がありえるということになります。では、内縁の配偶者による建設アスベスト給付金の受給は、相続人の国家賠償請求権に対して、どのような影響を与えるのでしょうか。
建設アスベスト給付金と国家賠償請求権との調整規定
特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律の12条3項に、次のような条文があります。
国が国家賠償法(昭和二十二年法律第百二十五号)、民法その他の法律による損害賠償の責任を負う場合において、国が給付金等を支給したときは、同一の事由については、国は、その価額の限度においてその損害賠償の責任を免れる。
この条文は、特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法18条2項とほぼ同じ文言になっています。
国が国家賠償法(昭和22年法律第125号)、民法(明治29年法律第89号)その他の法律による損害賠償の責任を負う場合において、支払基金がこの法律による特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等を支給したときは、同一の事由については、国は、その価額の限度においてその損害賠償の責任を免れる。
特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法も、国家賠償訴訟を受けてその解決を図ることを目的としています。ただし、この特別措置法においては、その3条2項において、次のとおり、給付金の受給権者を、特定B型肝炎ウイルス感染者が死亡した場合にはその相続人としています。
特定B型肝炎ウイルス感染者給付金の支給を受ける権利を有する者が死亡した場合において、その者がその死亡前に特定B型肝炎ウイルス感染者給付金の支給の請求をしていなかったときは、その者の相続人は、自己の名で、その者の特定B型肝炎ウイルス感染者給付金の支給を請求することができる。
すなわち、B型肝炎給付金に関しては、相続人と受給権者は一致します。これに対して、前述のとおり、建設アスベスト給付金については、相続人でない受給権者が存在するということになります。特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律12条3項は、この違いにかかわらず、相続人でない受給権者が建設アスベスト給付金を受給した場合に、国が相続人に対する損害賠償責任を免れるということを定めていると解釈することができるのでしょうか。
社会保障法分野における遺族給付に関しては、相続人が受給権者である場合は損益相殺的調整をし、相続人が受給権者でない場合には給付額を控除しないものとされています。判例は、相続人が遺族年金給付を受給することが確定した場合については、業務災害に関する損害賠償請求権について逸失利益等の元本との間で損益相殺的な調整をすべきとします7。これに対して、相続人が遺族給付の受給権者でない場合には、遺族給付相当額を損害賠償請求権額から控除すべきではないとします8。
建設アスベスト給付金も、特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律12条4項が、「給付金の支給を受けるべき遺族の順位は、前項に規定する順序による。」として、内縁の配偶者に対し、相続人である子に優先して給付することを定めていることからすれば、法的な身分ではなく社会生活上の関係に着目した社会保障給付として考えることができそうです。そうすると、前述の社会保障分野における判例のとおり、内縁の配偶者が建設アスベスト給付金の受給権者である場合には、相続人である戸籍上の配偶者や子などが相続した損害賠償請求権額から給付金額を控除すべきでないと言えそうです。
このように考えると、特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律12条3項は、受給権者でない相続人に対しては適用されないと限定解釈される可能性もあるように思われます。
むしろ、このような限定解釈をしないとすれば、特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律が成立するよりも前に相続が発生して相続人に帰属している具体的な国家賠償請求権などに対して、同法律12条3項で変更を加えているということになり、憲法29条1項に違反しないかが問題となりそうです。
国家賠償請求額算定における考慮
他方で、内縁の配偶者については、相続人とは別に、固有の損害賠償請求権があります。損害費目としては、扶養利益の喪失(逸失利益)のほか9、精神的苦痛(慰謝料)についても認められています(民法711条類推適用)。そのため、相続人の損害賠償請求権に関する逸失利益の算定に関しては、相続人が請求しうる損害額は内縁の配偶者の扶助に充てられる部分を控除した残額に限られるとされています10。
死亡慰謝料については、いわゆる赤い本では、2000万円~2800万円が基準とされています。この基準は、「死亡慰謝料の総額であり、民法711条所定の者とそれに準ずる者の分も含まれている」とされています。ただし、「死亡慰謝料の配分については、遺族間の内部の事情を斟酌して決められるが、ここでは基準化しない」とされています11。
これらのことからすると、内縁の配偶者に支給された建設アスベスト給付金によって、内縁の配偶者のの逸失利益が補填された分や、内縁の配偶者が精神的に慰謝された分については、相続人の損害賠償請求額の算定において、全額について損益相殺的調整がされるわけでないとしても、減額する方向で考慮はされることはありうると言えそうです。
以上をまとめると、まず、特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律12条3項は、受給権者ではない相続人に関しては適用されないという限定解釈をすることがあり得ると言えそうです。しかし、限定解釈がされた場合でも、国が内縁の配偶者に対して建設アスベスト給付金を支給した場合、相続人の国家賠償請求権額の算定において、建設アスベスト給付金のうち、事実上の配偶者の扶助に充てられたと考えられる金額や事実上の配偶者に配分されるべき死亡慰謝料に充当されたと考えられる金額について、減額する方向で考慮されうるということになりそうです。
受給者の相続人への分配義務
ところで、建設アスベスト給付金の受給者は、他の相続人に対して、建設アスベスト給付金を分配する義務を負うのでしょうか。特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律3条5項は次のように定めています。
給付金の支給を受けるべき同順位の遺族が二人以上あるときは、その一人がした請求は、その全額について全員のためにしたものとみなし、その一人に対してした支給は、全員に対してしたものとみなす。
しかし、この規定は、「同順位の遺族が二人以上あるとき」について定められた規定であり、配偶者と子がいる場合など、相続人が複数いるが建設アスベスト給付金の受給権については同順位ではない場合には適用されません。したがって、この規定は、同順位の遺族が複数ある場合には分配義務があるとする根拠にはなりえても、そうでない場合には分配義務を肯定する根拠にはならないと考えられます。
建設アスベスト給付金については、相続財産でなく、相続人でない内縁の配偶者が受給権者となる場合もあることを考えると、法律によって受給権者が原始取得する権利であると考えられます。そのため、「同順位の遺族が二人以上あるとき」以外について、建設アスベスト給付金の受給権者に他の相続人に対する分配義務を認めることはできないように思われます。
- 最判令和3年5月17日民集75巻5号1359頁 ↩︎
- 厚生労働省「建設アスベスト訴訟に係るこれまでの経緯」(令和7年6月15日閲覧) ↩︎
- 第204回国会 衆議院 本会議 第31号 令和3年6月3日 とかしきなおみ発言 ↩︎
- 最決平成12年3月10日民集54巻3号1040号 ↩︎
- 最判昭和58年4月14日 民集37巻3号270頁 ↩︎
- 最判平成17年4月21日集民216号597頁 ↩︎
- 最大判平成27年3月4日 民集69巻2号178頁 ↩︎
- 最判昭和50年10月24日 民集29巻9号1379頁 ↩︎
- 最判平成5年4月6日民集47巻6号4505頁 ↩︎
- 札幌高判昭和56年2月25日交通事故民事裁判例集14巻1号67頁 ↩︎
- 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」(第54版、2025年)、上巻205頁 ↩︎


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