令和7年5月16日、刑事訴訟法の一部を改正する法律案が参議院で可決されました1。成立した法律は、主には、令状や公判調書などの書類の電子化と弁解録取や勾留質問などのオンライン化のために刑事訴訟法を改正するものです。同法案の作成経過については、同月21日現在、衆議院の議事録は公開されていないようです。法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会でまとめられた同法案に関する要綱(骨子)については、同部会の委員でもあられた久保有紀子先生が、二弁フロンティアの特集記事で解説しておられます2。法案の内容を見ても3、同部会において久保先生が指摘していたとおり、基本的には、捜査機関の便宜のための改正といえそうです4。多くの弁護士が希望していたオンライン接見などは法案にもなりませんでした。
弁護人として、特に注目すべきは、電磁的記録提供命令(改正後の刑事訴訟法102条の2)でしょうか。
被疑者が使用するスマートフォンのデータを捜査機関が精査したいと考えた場合、現行法であれば、スマートフォンを押収し、被疑者から任意にパスコードやパスワードの開示を受けて、データを表示させたスマートフォンを写真撮影したり、スマートフォンのデータを複製したりしています。被疑者によるパスコードやパスワードの開示が任意であるのは、被疑者に黙秘権が保障されているからです(刑事訴訟法198条2項)。
現行法には、記録命令付差押え(刑事訴訟法99条の2)という制度もあり、捜査機関は、データにアクセスする権限がある者に対して、データを他の記録媒体に記録させた上で、その記録媒体を差し押さえることができます(刑事訴訟法218条1項)。これは、捜査機関に協力的な事業者に対して、その事業者が顧客の個人情報を開示することに関し、法的根拠を提供することを想定した制度とされています。記録命令付差押命令に従わなかった場合にも罰則はありません。そのため、被疑者に対して、記録命令付差押えがなされることもありませんでした。
これに対して、電磁的記録提供命令は、命令に従わなかった場合に刑罰が科されることになっています(改正後の刑事訴訟法124条の2)。電磁的記録提供命令は、記録命令付差押えに代わるものとして導入されたようですが、その命令の対象者から被疑者または被告人は、少なくとも明示的には、除外されていません。電磁的記録提供命令に対する押収拒絶権を定める改正後の刑事訴訟法105条の2にも、被告人が押収拒絶権を有するということは明示されていません。電磁的記録提供命令が、データに関する差押えの類比であるとすると、被疑者にデータを提供させることは、被疑者の日記帳を差し押さえるのと変わらないという考え方のようです5。
さて、捜査機関が、被疑者が使用しているスマートフォンに、被疑事実に関連するデータがあるとして、被疑者に対する電磁的記録提供命令をした場合、弁護人としてはどうすればよいのでしょうか。
法制審議会における議論では、久保先生が「電磁的記録提供命令は、これを受ける者が命令又は令状において指定された提供すべき電磁的記録を提供するのではなく、当該電磁的記録に施された暗号やロックのパスワードを捜査官に教える必要があると誤解し、あるいは誤解させられるおそれがあります。電磁的記録提供命令の令状の執行に当たり、そうした誤解を生じさせないことが確保される必要があるのではないかと思いますが、この点はいかがでしょうか。」と質問されたのに対し、鷦鷯幹事が「電磁的記録について施された暗号化等の措置を解除するパスワードなどを含めて、その者が記憶する何らかの情報を供述することを命じることができるものとするものではありません」と発言されていました6。すなわち、被疑者が、捜査機関にパスコードを秘密にしつつ、パスコードを解除して、対象データを提供できるのであるから、パスコードの供述を求めているわけではなく、黙秘権侵害ではないという整理であるようです。特に、被疑者がスマートフォンのロックを生体認証(指紋認証や顔認証など)により解除する場合には、なんらの供述もしていないので黙秘権の侵害はないということになりそうです。
しかし、被疑者に対してスマートフォンに保管されたデータを提供するよう命令することには、被疑者の日記帳を差し押さえることとは決定的に違う点があります。それは、被疑者に対する電磁的記録提供命令は、被疑者の協力を前提としているという点です。被疑者の日記帳を差し押さえる場合、被疑者は、日記帳がたとえ金庫の中に入っていたとしても、金庫から日記帳を取り出すことに協力する義務を負いません。今回の改正前も、被疑者は、スマートフォンが差し押さえられても、ロックがかかったスマートフォンからデータを取り出すことに協力する義務を負いませんでした。捜査機関は、業者に依頼して金庫の錠を外してでも、日記帳を差し押さえることができることになっています(刑事訴訟法111条)。スマートフォンの場合にも、捜査機関は、業者に依頼してでもロックを解除すればよいとされていたのです。
私見ですが、この被告人の協力という要素があることにより、提供すべき電磁的記録の指定の方法によっては、電磁的記録提供命令に従うことが「供述」に当たる場合があるように思います。「供述」は、音声であるか、文字であるかを問いません。また、動作(頷くとか、指し示すとか)であってもよいとされます。例えば、被疑者と共犯者がお互いに匿名や偽名で通信していた場合に、電磁的記録提供命令により、共犯者との通信履歴の提供を求められたとします。この場合、被疑者自身が、スマートフォンの通信履歴から、どれが共犯者との通信履歴であるかを選択した上で、提供しなければならないことになります。そうすると、被疑者は、電磁的記録提供命令に従うことにより、被疑者のスマートフォン上で共犯者の通信履歴を特定するための情報という、スマートフォンに保存されたデータそのものではない情報を提供することを余儀なくされることになります。電磁的記録としては存在しなかった情報を、被疑者の記憶から新たに創出して提供しなければならないとすると、これは「供述」ではないでしょうか。
弁護人としては、「供述」に当たる場合には、自己負罪拒否特権(憲法38条1項)があるので、電磁的記録提供命令に従う義務はないというべきでしょうか。しかし、電磁的記録提供命令に従うことは一般に「供述」に当たらないと整理されている上、施行前なので当然ながら先例もありません。被疑者にどのように助言すべきかは悩みどころです。実際にどのように運用されるのかが分からなければ、どのように対応してよいのかも分からないのかもしれません。
なお、電磁的記録提供命令とは関係ありませんが、今回の法改正では、供述調書などを電磁的記録で作成できるという内容も盛り込まれています。これに関して、証拠開示も電子化されるため、被告人や弁護人にとってもメリットが大きいなどという報道があります7。現在は、証拠書類が開示されるといっても写しがもらえるわけではなく、被告人や国選弁護人が(一部)自腹で複写しているわけですが、電子化によりその負担が減るというわけです。しかし、公判前整理手続に付されない場合の証拠開示について定めた改正後の刑事訴訟法299条1項は、「電磁的記録については、その内容を表示したものを閲覧し、又はその内容を再生したものを視聴する機会」とするだけで、「電磁的記録の提供」とはしていません。そもそも、現在でも、一部の地域の検察庁では、証拠書類の開示をPDFデータを提供する方法によりしているといいます。つまり、国選弁護人が何百枚もの証拠書類を一部自腹で複写しなければならないは、広島地方検察庁を含む後進的な検察庁の運用によるものです。この点については、今回の法改正によっても、なんらの改善も保証されていません。
- 「官報」第1467号(7頁) ↩︎
- 久保有紀子「特集 刑事手続のIT化」NIBEN Frontier 2024年5月号(2024年)18頁以下 ↩︎
- 衆議院「第217回国会 情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案 議案本文情報」(2025年5月21日閲覧) ↩︎
- 法務省「法制審議会 刑事法(情報通信技術関係)部会 第15回会議 議事録」(3頁〔久保有希子委員の発言〕、2025年5月21日閲覧) ↩︎
- 法務省「法制審議会 刑事法(情報通信技術関係)部会 第7回会議 議事録」(33頁〔成瀬剛幹事の発言〕、2025年5月21日閲覧) ↩︎
- 法務省「法制審議会 刑事法(情報通信技術関係)部会 第15回会議 議事録」(2頁〔久保有希子委員、鷦鷯昌二幹事の発言〕、2025年5月21日閲覧) ↩︎
- 日本経済新聞「逮捕状や証拠書類を電子化、刑事IT化法が成立 遠隔出廷も可能に」(2025年5月16日) ↩︎


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